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書 名一人ゆく旅
作 者吉田絃二郎
出版社改造社
シリーズ-

memo
【抄・序】


【目次】


【本文】
p90
 人間に睡眠を恵まれてゐるといふことはこの上もなくありがたいことである。わたくしはついこのごろまで、人間は健康のために睡眠を恵まれてゐるのだと思つてゐた。たしかにさうである。しかし睡眠は人間を悲しみから救ふために恵まれてあるということが一層真実であるやうに思はれて来た。
 目がさめると同時にわたくしは「いかになりゆくわが身なるらん」と思ふ心にわが心を苦しめる。しかし眠つてゐる間、わたくしは一切の悲しみから救はれてゐる。睡眠の世界には死もなければ、歔欷もない。もし睡眠といふものがなかつたら、悲しみを持てる魂は二六時中悲しみの重荷を背負はなければならぬ。眠つてゐる間だけ、わたくしたちは一切の悲しみから解放される。しかも眠りの世界に於いては死者もよみがえる。
 夜の来ることは苦しい。眠れないからだ。
 しかし夜の来ることはうれしい、眠る刹那かつてこの地上に存在した一切のものがよみがへつて来るからだ。
 わたくしは老いての後の孤独がいかに悲しくとも、寂しくとも生きてゐなければならぬ。睡眠を恵まれてゐる間わたくしは夢の世界を持つことができるゆゑに。
 夜が明けることはくるしい。わたくしの夢が失はれるゆゑに。
 わたくしは空虚な太陽の光を浴びつつ終日思ひ、悩み、吐息しつつ「いかになりゆくわが身なるらん」の嘆きをくりかへす。
 しかしわたくしは生きなければならぬ。生きて生きて生き貫かねばならぬ。人を思ふべく、人を悲しむために。やがて永遠の眠りが迫り来るであらう時、わたくしはまた永遠の夢を恵まれるであらう。

【後記・他・関連書】


【類本】
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